数々の難局を乗り越え、担当者の執念が実を結んだ高屈折率ナノ粒子
透明性と高い屈折率が支持されるジルコスター®。研究員たちがつないだ事業化までの道のり

日本触媒のジルコニアナノ粒子分散液「ジルコスター®」開発は苦難の連続だった
日本触媒を代表する花形製品の1つである微粒子製品群の中には、エポスター®、シーホスター®、ジルコスター®、ソリオスター®と、製品名に「スター(花形)」を含む4種の製品があります。
その1つであるジルコスター®の事業化までの道のりは、担当者が思わず「楽な時代は一瞬もなくて、ずっと苦労でした・・・」とつぶやいてしまうほど苦難の連続でした。
そんなジルコスター®も開発初期の検討は順調だったのです。
2000年代初め、カーボンナノチューブなどのナノ材料を使用した製品開発が盛んになり、研究から事業企画室に異動になったYさんは、新しい製品を企画するためナノコンポジット材料(ナノ材料を樹脂などに配合した複合材料)を調査していました。
Yさんは、「外部からナノ粒子を購入して、自社の樹脂に配合するケースもあるけど、いっそのこと、自社で高価なナノ粒子を合成できれば、もっと事業が広がるのでは?」と考えます。
触媒研究所の技術と見事にマッチして・・・
Yさんは、社内でナノ粒子を合成してくれそうな研究部門をさがして、触媒研究所の所長に相談をもちかけます。「触媒を合成する技術でナノ粒子を合成できると思うんですけど・・・」と。
Yさんの提案に賛同した触媒研究所では、様々なナノ粒子の検討が行われます。ナノ粒子の合成検討を中心となって取り組んでいたHさんとYさんは、光学材料として屈折率を上げることができるジルコニア(酸化ジルコニウム)のナノ粒子化に挑戦することにしました。
当時のことを振り返り、Hさんは「その頃、研究テーマに少し行き詰っていて、ナノ粒子に興味があったので、2年ほど文献を調査したり試行錯誤しながらいろんな技術にトライしていたのです。その時に見ていた論文に使えそうな技術が載っていたことを思い出しました」
「触媒合成技術の応用でナノサイズの粒子は、比較的簡単に合成できます。ただ、合成したナノ粒子だけを合成系外に取り出すことは、粒子が凝集してしまい非常に難しい。粒子の凝集を防ぐために表面処理を工夫して・・・。参考にした文献から着想を得て、表面処理の条件を工夫することで、ナノサイズレベルで凝集が抑制された、ジルコニアナノ粒子ができました」(Hさん)

スケールアップ段階で廃水処理の壁を乗り越えて・・
ラボで合成したジルコニアナノ粒子を光学材料のメーカーに紹介すると、大変関心が高く、手ごたえを掴みました。Yさんたちは事業化に向けて、スケールアップを提案します。
スケールアップ段階で、Hさんからテーマを受け取った研究担当のOさんに与えられたミッションは製法の見直しでした。
「スケールアップの検討のため、生産技術部門に相談すると、廃水量が非常に多く、廃水処理コストが粒子本体のコストよりも高い状況で、はっきり言って話にならないと言われてしまいました」
「Hさんが作ったナノ粒子合成工程を1つ1つ見直して、段階的に廃液量を減らす日々が続きました。この時期、研究本部内では、キーマテリアルともてはやされ、できた製造技術は特許出願により権利化しないといけないなど、結構プレッシャーも大きかったです」(Oさん)
それでも、地道な検討の結果、なんとか製造にもっていけるレベルのプロセスが見えてきて、いよいよ社外にサンプルワークのキャンペーンを実施する段階になりました。
ここでちょっとしたエピソードがあります。
「ようやく広く社外にサンプルを提供して、いろんなお客様に評価してもらえる準備が整ったと思っていました。しかし、研究本部内の報告会で、本部のトップから、『この開発品はキーマテリアルだから大切にしないといけない。社外に持っていく前に、社内でしっかり応用製品の開発を行うように。社内評価が終わるまで社外に出してはいけない』と指示されてしまいました」
Yさんは、「社内各部署での評価の調整を行いながら、社内の評価を受けて良い結果がでても、そこからまた時間がかかってしまい、このままでは競合品に後れをとってしまうと焦っていました。そんな状況で数か月たった、ある日の研究本部内の会議で、とうとう我慢できなくなり、研究本部のトップに対して、『もういい加減にしてください。このままでは、折角の技術が社内で埋もれてしまいます。社外にサンプルワークを行う許可をください』と発言してしまったのです。本部の上層部から、少し小言を言われましたが、結果的に社外へのサンプルワークができるようになり、良かったです」と振り返ります。
あと半年早ければ・・・リーマンショックに翻弄され
こうして、何とか社外にサンプルワークができるような状況になり、その当時の研究担当Tさんはこう語ります。「自分から志願してジルコニアナノ粒子の担当をさせてもらいました。透明性と高い屈折率をアピールして、大手企業からリアクションが良く、性能評価が良好だったというフィードバックもあり、社内で採用への期待が高まりました」
しかし、そんな矢先に2008年にリーマンショックが起きます。各社とも収益が落ち込む中、製品開発コストの圧縮が求められていました。
「あれだけ、次のスケールアップのためのサンプル依頼の話がきていたのに、急に先方からの連絡が来なくなったので、おかしいなと思っていたのですが・・・。先方を訪問した際に、『リーマンショックの影響で、開発コストの削減が必要になり、先行している他社さんのジルコニア粒子を使用した製品化を優先することになった。価格も安く、性能も良かったのですが、2社を併行して検討することができなくなり、残念ですが御社の粒子の検討はペンディングにします』と言われました」
「あと半年早くサンプルを出せていたら・・・本当に悔しい思いをしました」(Tさん)
新しい用途で再チャレンジするも、採用にはつながらず・・・
Tさんたちは、気を取り直して新しい用途の開拓を開始します。それは、ある樹脂にジルコニアナノ粒子を分散させ屈折率を向上させるという検討でした。これまで検討していたものと異なる樹脂への分散には苦労しましたが、何とかサンプルが出来上がります。
その成果が認められて、研究部門での優れた発明に贈られる発明企画賞の候補にもなりました。しかし、研究本部内での採用への期待も虚しく、解決困難な課題が判明したため、結局、新用途のテーマとしてはペンディングになってしまいます。
舞い込んだディスプレイ用途で採用への光が
様々な用途向けにサンプルをワークするも、なかなか特性がマッチしない状況が続き、本部内では研究テーマの改廃の話もでてくるようになりました。
そんな中、ジルコニアナノ粒子をディスプレイ用途で使用できないか?というニーズが舞い込みます。いくつかの課題があったものの、力をあわせて課題をクリアして、やっと光が見えてきました。
研究本部のトップからも「長く苦労したけど、これで勝負できる。ここまで来れたことに感動したよ!」という力強いコメントがありました。
「この時期からはテーマのステージアップが一気に加速し、採用を獲得することが出来ました」(Tさん)
ジルコニアナノ粒子の高い屈折率を活用して、光を有効に曲げることができる点が評価され、液晶ディスプレイ向けの光学フィルムの素材としての採用が決定したのです。
苦節10年。記憶に刻まれる苦労の日々を乗り越えての製品化
「初めてジルコスター®が製品化されたのは2015年のことでした」と長らくこの製品にたずさわった担当者のTさんは口にします。Tさんの頭の中には、何年に何があったかが明確に記憶されています。
また、Tさんを含め何人もの研究担当者が技術をつないで、やっとたどり着いた念願の製品化は、研究開発が始まったときから10年の月日が経っていました。
最初の製品化のきっかけとなった液晶ディスプレイ向けのニーズがでる直前には、「テーマとしてそろそろ潮時ではないか」という厳しい声も挙がっていました。それでも、担当者たちの「自分達が開発してきたナノ粒子を用いれば、競合品では出せない特性を達成できる」という思いが事業化までたどりつかせたのです。

ナノ粒子技術のさらなる進化
ジルコニアナノ粒子分散液ジルコスター®は、その功績が認められ2019年に近畿化学協会から化学技術賞が贈られました。
また、光学材料としての採用だけでなく、レントゲンに映るという特性で歯科材料用途でも活用されています。 こうして苦難の末に事業化したジルコスター®ですが、事業化後も順風満帆に成長したわけではありませんでした。時には厳しい競争にさらされながら、その後も現在に至るまで、日々、お客様から新たな課題を解決すべく、研究担当者たちが改良を重ねてジルコスター®は進化しているのです。